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2012.09.12 矢印の人
水曜日の夜は、祈祷会です。
今夜は、ヨハネによる福音書1:19-34から、
聖書の教えに耳を傾け、共に語り合い、学び合いました。

その箇所には、‘バプテスマのヨハネ’と呼ばれている人物が登場し、
彼は自分のことを
「わたしは、預言者イザヤが言ったように、
 『主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる者の声』である」
と言いました。

自分のことを「声である」と言った、その言い方がおもしろいと思いました。

イエス様のことだけを指し示し、
「主の道をまっすぐにせよ!
 皆さん、神様のほうだけをみましょう!」と叫ぶ、
その声を出すという使命だけに生きた人。

矢印のような人だと思いました。

私がそのように感想を述べると、
隣の席に座っておられた方が、関連して、
「ボンヘッファーの『この人を見よ』という素晴らしい著作がありましたね」
と教えてくださいました。

私は、その本はまだ読んだことがありませんが、
きっと、キリストだけを見上げつつ歩むことについて書かれているのだと思います。

さらに関連して、同じテーマの讃美歌を思い出しました。


  1.馬槽のなかに うぶごえあげ、
   木工の家に ひととなりて、
   貧しきうれい、 生くるなやみ、
   つぶさになめし この人を見よ。

  2.食するひまも うちわすれて、
   しいたげられし ひとをたずね、
   友なきものの 友となりて、
   こころくだきし この人を見よ。

  3.すべてのものを あたえしすえ、
   死のほかなにも むくいられで、
   十字架のうえに あげられつつ、
   敵をゆるしし この人を見よ。

  4.この人を見よ、 この人にぞ、
   こよなき愛は あらわれたる、
   この人を見よ、この人こそ、
   人となりたる 活ける神なれ。

            (日本基督教団出版局『讃美歌』121番)


バプテスマのヨハネのように、神様だけを見つめて、
その一方向だけを指し示す生き方ができたらと思います。


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