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2012.03.04 当てはずれ
1週間の始まりは、礼拝から。
これは 私にとって 40数年前からの うれしい習慣です。

「雨が降っても 風が吹いても 休まないで、毎週 教会に通うのって、大変じゃない?」
と、近所の人から尋ねられたことがありますが、
習慣になっているので全然大変じゃないですし、
逆に、教会を休むと、その1週間は ずっと変な感じです。
新しい1週間を生きていく力を、まず礼拝で、神様からいただきます!

きょうは、牧師先生から、「キリストの名によって歩め … 私たちを見なさい」と題して
使徒行伝3:1-10から、説教をお聴きしました。
4日前の水曜日の祈祷会でも、同じ聖書の箇所で、共に学び合っています。

つまり、毎週 祈祷会で 予習というか、
アットホームな雰囲気の 自由に語らえる集まりの中で、
次週の礼拝説教の聖書の箇所を共に読み、感想を述べ合って、
神様の言葉について、みんなで あれこれ 思いめぐらします。

もちろん、その語らいの中でも、いろいろ教えられたり、感謝することがいっぱいあるのですが、
さらに聴かせてほしい、4日後の礼拝で、もっと深く教えてほしい、と期待する気持ちが高まって、
そうして日曜日を迎えるので、
その礼拝説教から、さらに深く、さらに豊かに、
聖書に込められた神様からのメッセージ、
恵み、真理、慰め、喜び、希望の言葉を お聴きすることができます。

「金銀は私には無い。
しかし、私にあるものをあげよう。
ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい。」(使徒3:6)

求めたことと違うものが与えられる。
あるいは、いくら願っても、何の解決も与えられなかったかのように見えることもあります。
けれど、神様は、私たち人間が願った以上に、もっと大切な、
いちばん必要なものを与えてくださるのだと教えられました。

病気を癒してくださいと願っても、治らないときもあります。
「立って歩きなさい。」と言われても、立てない病気の人もいます。
たとえば、星野富弘さんも、肉体的には、立って歩くことができませんでした。
けれども、星野さんは その人生を、キリストにあって、キリストと共に、自立して歩んでおられます。
ここにキリストの愛があり、奇績があると教えられました。

私も自分の弱さを知り、自分ではどうすることもできない問題がいくつもありますが、
悩みながらでも、泣きながらでも、どんな時も 神様に従っていきたいと思いました。

キリストから目をそらさずに、自分で歩き始めること。
そうしたら、必要なものはすべて与えられると教えられました。



           当てはずれ              星野富弘


   あなたは 私が考えていたような方ではなかった
   あなたは 私が想っていたほうからは来なかった
   私が 願ったようにはしてくれなかった

   しかし あなたは
   私が望んだ 何倍ものことをしてくださっていた
                                    (つるバラの水彩画に添えて)



        星野富弘さんの略歴
         1946年 群馬県勢多郡東村に生まれる
         1970年 群馬大学教育学部体育科卒業
              中学校の教諭になるがクラブ活動の指導中頸髄を損傷、手足の自由を失う
         1972年 病院に入院中、イエス・キリストと出会い、口に筆をくわえて文や絵を書き始める
         1979年 前橋で最初の作品展を開く
              不治のまま 退院
         現在に至るまで、ずっと続けて 花の詩画集を発表しておられます


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