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8月15日のコンサートで、
聖歌隊は、「平和の道具にしてください」という曲を合唱します。

これは、アッシジの聖フランシスコの「平和を求める祈り」という詩を題材にしています。
取るに足りない小さな存在の私たちですが、
このような者をも 平和の使者として用いられれば、
との祈りをこめて、演奏させていただきたいと思います。


   あなたの平和の道具にしてください
   主よ 私をあなたの平和の道具に

    憎しみあるところに あなたの愛があるように
    悲しみあるところに 喜びがあるように

   あなたの平和の道具にしてください
   主よ 私をあなたの平和の道具に

    過ちあるところに 優しい心の赦しを
    疑いあるところに 信仰があるように

   あなたの平和の道具にしてください
   主よ 私をあなたの平和の道具に

    絶望あるところに 満ち溢れる希望を
    暗闇あるところに 光があるように

   あなたの平和の道具にしてください
   主よ 私をあなたの平和の道具に
   主よ 私をあなたの平和の道具に


                        (作曲:ゆかいな鍵盤屋)



「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
 彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイによる福音書5:9)。


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きょうも、平和の歌について、考えていました。
8/15の平和のコンサート。
もんたったの3人組で演奏したい曲は、「死んだ男の残したものは」です。
作詞は谷川俊太郎さん、作曲は武満徹さん。

1965年4月、熾烈化するベトナム戦争のさなか、
お茶の水の全電通会館ホールでおこなわれた「ベトナム平和を願う市民の集会」で、
バリトンの友竹正則さんの歌で発表された 静かな反戦歌です。


  1.死んだ男の残したものは
    ひとりの妻とひとりの子ども
    他には何も残さなかった
    墓石ひとつ残さなかった

  2.死んだ女の残したものは
    しおれた花とひとりの子ども
    他には何も残さなかった
    着もの一枚残さなかった

  3.死んだ子どもの残したものは
    ねじれた脚と乾いた涙
    他には何も残さなかった
    思い出ひとつ残さなかった

  4.死んだ兵士の残したものは
    こわれた銃とゆがんだ地球
    他には何も残せなかった
    平和ひとつ残せなかった

  5.死んだかれらの残したものは
    生きてるわたし生きてるあなた
    他には誰も残っていない
    他には誰も残っていない

  6.死んだ歴史の残したものは
    輝く今日とまた来るあした
    他には何も残っていない
    他には何も残っていない


6番まである長い歌ですが、
1~4番は、Dmで、ぐっと低音で 重々しく バリトン・ソロ。
(ソプラノのスキャットも加わります)
5~6番は、4度上がって Gmで、迫力たっぷりに訴える ソプラノ・ソロ。
(バリトンのスキャットも加わります)

ピアノも、節ごとに雰囲気を変えて伴奏したいと思います。

大切な歌詞を味わって、
3人で一致して、メッセージを伝える演奏をしたいと思います。


2012.06.28 折り鶴
昨日に引き続き、
8月のコンサートのために、平和の歌について、考えていて、
梅原司平さん作詞作曲の「折り鶴」という曲のことを思い出しました。

15年ほど前、ピアノ教室の発表会をした時に、
Qさん(小6)は、ピアノ演奏曲として、自分でこの曲を選びました。
じつは私は、それまで、この曲を知りませんでした。
Qさんが教えてくれたのでした。
Qさん自身は、ご両親から この曲を教えてもらって、
それまでに何度も歌ったことがあるとのことでした。

もともとは歌詞の付いた‘歌’ですが、
ピアノ独奏の編曲をして、Qさんに弾いてもらいました。

それはそれは、とても心のこもった演奏をしてくれました。
歌詞の意味を味わって、何度も歌ってきた曲だからこそ、
ピアノ独奏になっても、
右手が弾くメロディーの一音一音に、
左手が奏でる和音伴奏の一つ一つの流れに、
大切なメッセージが込められていました。

Qさん、いい歌を教えてくださってありがとう。
きょうも、思い出して、歌っていますよ。


    生きていてよかった それを感じたくて
    広島のまちから 私は歩いてきた
    苦しみをことばに 悲しみをいかりに
    きずついたからだで ここまで歩いてきた

     この耳をふさいでも 聞こえる声がある
     この心閉ざしても あふれる愛がある

      はばたけ折り鶴 私からあなたへ
      はばたけ折り鶴 あなたから世界へ

    生きていてよかった それを見つけたくて
    長崎のまちから 私は歩いてきた
    この胸のいたみを うた声にたくして
    焼けあとの下から ここまで歩いてきた

     この耳をふさいでも 聞こえる声がある
     この心閉ざしても あふれる愛がある

      はばたけ折り鶴 私からあなたへ
      はばたけ折り鶴 あなたから世界へ


来たる8月15日に、堺キリスト教会で、
「平和を歌い祈る会」と題して、コンサートを開催する予定です。

独唱や独奏、聖歌隊の合唱の他に、
その日初めて教会にいらしてくださった方々も ご一緒に
皆さんで声をあわせて、平和を求める たくさんの歌をうたいたいと、
今、委員会で、選曲など、いろいろな準備を進めているところです。

「戦争を知らない子供たち」とよく似た題名で、「戦争は知らない」という歌があります。
この曲、ミュージシャンが歌っているのを、じつは私はちゃんと聴いたことがなくて、
それよりも、高1の時、クラスのお楽しみ会で友人が歌ってくれて 初めて聴いた、
その日の感動が 強く残っています。

当時60歳ぐらいだった担任の先生は、
その歌を聴いたあとで、
戦争がいかに悪いことか、そして絶対に平和を守らなければいけない、
ということを語ってくださいました。

それにしても、題名の‘戦争は知らない’って、どういう意味なんだろう?
‘戦争を知らない’じゃなくて?

‘戦争を知らない’よりも‘戦争は知らない’のほうが
語気が強くて、戦争を否定する意味が、より強まるのかな、
と思っていました。

今、あらためて歌詞を読み返してみると、
戦争が終わったあとも、悲しみ苦しみは終わらず、
戦争のせいで、ずっと辛いことが続いている、
この悲しみは、いつまでも消えることがない、
そのことを戦争は知らない、という意味かも知れないと気付かされました。

  1. 野に咲く花の 名前は知らない
    だけども 野に咲く花が好き
    帽子にいっぱい 摘みゆけば
    なぜか涙が 涙が出るの


  2. 戦争の日を 何も知らない

    だけど 私に父はいない

    父を想えば あヽ荒野に
    赤い夕陽が 夕陽が沈む

  3. 戦で死んだ 悲しい父さん
    私は あなたの娘です
    二十年後の 故郷で
    明日お嫁に お嫁に行くの


  4. 見ていて下さい はるかな父さん
    いわし雲とぶ 空の下
    戦知らずに 二十才になって
    嫁いで母に 母になるの


8月15日、ご一緒に歌いませんか。


2012.06.26 風呂敷の魔法
あっちもこっちも大事なんだけど、今は とりあえず、こっちのことしかできない、
あっちのことは、また今度、時間の余裕のあるときにしよう、
…というふうに、
切羽詰まったせいで、切羽詰まっていないほうの何かを先延ばしにすることは よくあります。

コンサートに備えて 本番までにしっかり練習することや、
レッスンまでに生徒さんに渡したい曲の楽譜を用意することや
(個々の生徒さんの希望やレベルにあわせて、編曲が必要だったりします)、
作曲や編曲の仕事の締め切りが迫っているときは、とにかく 間に合わせようと努力することなど、
切羽詰まれば切羽詰まるほど、
そのことだけで精一杯、他のことは何もできませんけど大目に見てね、という状態になってしまいます。

普段から、毎日コツコツと、コンスタントに、地道に、するべきことをしていれば、
期限が迫ってきてからドタバタするということはないはずなのですが、
つい、「まだ間に合う」とか「今日でなくても、明日でもいいんじゃない?」とか、
怠け心のせいで、いちばんするべきことを後回しにして、
ヒマさえあれば、とりあえず好きなピアノを弾いて のほほ~んとしたりしていると、
ギリギリになって、エライ目に合います。

ふと気が付くと、部屋が「のだめカンタービレ」の のだめちゃんの部屋のようになっていて、
どこから手をつけたらよいのだろうかと途方に暮れるほどに散らかっています。

天才ピアニストの のだめちゃんは、ゴミだめのような部屋の中で、
心は音楽そのものに集中して、
いつも、恍惚の笑みを浮かべて ピアノを弾いていました。

凡才ピアノ弾きの私ではありますが、
部屋の散らかりが 一切 気にならずに、音楽に完全に集中できる点だけは、
のだめちゃんに似ているかも。

とは言え、
あまりにも雑然とした この部屋、
明日のお客様の来訪に備えて、ちょっとは片づけないと…。

部屋中に散乱している楽譜、本、書類、楽器、小物etc.
どうしても間に合わなければ、
とりあえず四隅にぎゅぎゅっと寄せて、その上に 風呂敷をかけましょう。

たった4枚の風呂敷で、たった4秒で部屋が片付いたような気がする、いつものやり方です。
風呂敷の魔法。 (‘ボロ隠し’とも言う?)


モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel)が好きです。

フランスのデュラン社から出ているラヴェルの楽譜を 何冊か持っているのですが、
そのすべての表紙に、ラヴェルの直筆のサインのコピーが印刷されています。
万年筆ではなく 絵筆で書いたのかと思うような
文字の線が太くなったり細くなったりしている、味のあるサインです。

『クープランの墓』(Le Tombeau de Couperin)と
『マ・メール・ロワ』(Ma Mère l'Oye)の楽譜には、
フルネームのサインの他に、不思議なマークが 記されていました。

イニシャルのMとRをくっつけたような、
4本足のテーブルの絵にも似た、おもしろいロゴマークです。

若い頃の私は、このマークがとても気に入って、
真似をして そっくりに描く練習をしました。
ノートに 何度も何度も 描いて練習しました。
何も見ないでも、さっと素早く描けるようになるまで、
黙々と、うきうきと、練習しました。

ラヴェルのマークをさっと描けるようになったからと言って、
その一発芸を人前で披露するチャンスは一度も訪れませんでしたが、
憧れの人のマークを知っているというだけで、うれしい気持ちでした。

ところで、
坂本龍一さんは、若い頃、ドビュッシー(Claude Achille Debussy)に憧れて、
ノートに何度も何度も Claude と書いていたそうです。
まるで自分の名前のサインを練習するように。
…という話を、坂本さんの大ファンのレッスン生Pさん(19歳)が教えてくれました。

憧れの人のサインを真似る。
私だけじゃなかったんですね。

私は、ラヴェルも ドビュッシーも 坂本龍一さんも 大好きなので、
(その人たちの音楽、どこか似てますね)
なんだか、いろんな人がつながってるみたいで、とってもうれしくなりました。

サインだけは真似して書けるようになったけれど、
音楽も、いっぱい真似をして、いっぱい学ばせていただいて、
いつの日か、
憧れの作曲家さんたちの作品に似た香りがする、そんな作品が書けたらいいなと思います。


 どんなよいわざも
 神のひとり子イエスの十字架の死には及ばぬ
 きみの罪とがをすべてゆるして
 全きあがないをとげた主の死に

 きみの賜物と若い力を
 神のみ名のため すべてささげよ

                 (日本バプテスト連盟『新生讃美歌』656番より)


きょうは、この讃美歌に打たれました。

神様が私にどんなに素晴らしいことをしてくださったのか
ということをいつも思い出して、
神様を賛美していきたいと思います。


きょうは、ザ・リッツ・カールトン大阪のマルシェにて、ゆかいな鍵盤屋のライブ演奏をしました。

 1. 悲愴 第2楽章 / ベートーヴェン
 2. 恋とはどんなものかしら / モーツァルト
 3. ます / シューベルト
 4. ポップ・ユモレスク / ドヴォルザークの原曲をジャズアレンジで
 5. Shadow / はじめにきよし
 6. 雨 / ジリオラ・チンクェッティ
 7. 虹の彼方に
 8. チャルダッシュ/モンティ

「このホテル、始まって以来だと思いますよ、鍵盤ハーモニカのコンサートは」
と、司会のホテルマンさんが、うれしい紹介をしてくださいました。

私の立ち位置は、マントルピースの前。
お客様方は、ロココ調のソファーにゆったり腰かけて、
ほーっ!とか言いながら聴いてくださって、とってもうれしかったです。

「おもちゃみたいな楽器だと思ってたけど、おもちゃみたいじゃない音がするんですね」
「ええ、そうなんです。
 おもちゃみたいな楽器なんですけど、おもちゃみたいじゃない音がするので、
 自分でも うれしくって…」

きょうも、鍵盤ハーモニカ、ひろめてきました。


8年ほど前のことだったと思います。
新聞で‘はじめにきよし’という名の アコースティック・デュオの紹介記事を読みました。
サキタハジメさん(ギター&のこぎり)と新谷キヨシさん(鍵盤ハーモニカ&ピアノ)の2人組です。

新谷さんは、もともとは プロのアコーディオン奏者なのですが、
ある時、軽い気持ちでピアニカを吹いてみて、こんなに楽しくて便利な楽器があったとは!と
すっかり夢中になってしまい、
ギタリストのサキタさんと組んで、ユニークな演奏活動をするようになった、とのことでした。

私は、その記事を読んだだけで、なんだか、うれしい胸騒ぎがして、
すぐ、心斎橋の楽器店に、ピアニカを買いに行きました。

良かったです。
期待どおりでした。いえ、期待以上でした。
どこまでも おもしろい楽器でした。

鍵盤楽器のような、管楽器のような、リード楽器のような。
クラシックでも、ポピュラーでも、ジャズでも。
楽譜どおりでも、アドリブでも。
単音でも、重音でも、和音でも。
スローにも、アップテンポにも。
真面目に吹いても、ユーモラスに吹いても。
なんでもあり、って感じです。
どんなふうに使っても許される、自由な楽器です。

はじめにきよしさんのオリジナル曲を集めたCDを初めて聴いた日に
いちばん感動した「Shadow」という曲のことを、
きょうは 急に 懐かしく思い出しました。
8年ぶり。
耳コピで、よく吹いたものでした。

アコーディオンにあわせて踊るジプシーダンスのような。

その曲、明日の鍵盤屋コンサートで吹いてみようと思います。
もちろん暗譜で。
10回ぐらい吹いてるうちに、細部まで しっかりよみがえってきました。
メロディーが、ハーモニーが、気分の高揚が。


きょうの‘おもしろクラシック講座’のテーマは、「素敵な第2楽章」でした。

交響曲や協奏曲やソナタなどの第2楽章は、
‘緩徐楽章’とも呼ばれる通り、心安らぐ ゆったりとした 柔らかな音楽が多いです。

きょうは皆様とご一緒に、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を全曲通して鑑賞しました。
第1楽章、第2楽章、第3楽章、第4楽章、
その一つ一つに、幾つも幾つものドラマがあり、美しいメロディーがあり、
それらが 絶妙な連結で展開していって、全体で一つの壮大な物語になっていました。

調性に関していえば、
あの有名な第2楽章だけは 変ニ長調で、他の3つの楽章はすべてホ短調でした。
ホ短調と変ニ長調は遠隔調なので、
第2楽章に入った瞬間、不思議な浮遊感があるのだとわかりました。

ドヴォルザークの死後に
さまざまな歌詞をつけて「遠き山に日は落ちて」「家路」などの愛唱歌に編曲された
あの有名な あたたかな旋律に続いて、
同主調(異名同音で)の嬰ハ短調で奏でる中間部の哀愁は、
胸が張り裂けんばかりのボヘミアへの郷愁を表現しているようでした。

全楽章を通して 聴き終わったとき、
特に第2楽章が素晴らしかった、やっぱりあの穏やかな楽章には心が慰められた、と思い返したり、
でも、あの天国の安らぎのようなメロディーが、あの部分に挿入されていたからこそ、
第1楽章の狂おしさも、第3楽章のスケルツォも、終楽章の緊迫感も、
いっそう、その魅力が際だって聴こえたのだとも感じました。

そして、やはり多楽章構成の音楽は、全楽章を通して味わってこそ、
モザイクのすべてのピースが揃って、一つの大きな絵が完成して見えるのだと
あらためて感じました。

最終的に ホ長調に転じて感動的に集結する、そのいちばん最後の一音は、
フェルマータの和音を減衰しながら出すというもので、
指揮者ストコフスキーは、この部分を、「新大陸に 血のように赤い夕陽が沈む」と評したそうです。

なるほど。
遠き山に日は落ちて、家路を急ぎ、ふるさとを想う、
その夕暮れの切なさは、古今東西共通なのだと実感しました。


水曜日は、女声合唱団‘コールブリージン’。
指揮者の文屋知明先生は、いつも
大切な事柄を、柔らかい大阪弁で、さらりと ユーモアまじりに 教えてくださいます。

「コンサートは、『一期一会』なんや。
 演奏する側は、おんなじ歌を何回も何回も練習してきて、その歌を十分にわかって歌ってるつもりでも、
 コンサートに来てくれはった お客様は、客席で、本番の1回だけしか、その歌を聴かへんのやで。
 一生に1回だけしか、その演奏を聴いてもらわれへんのやで。
 そやから、その たった1回で、全部の思いが伝わるように、
 ちゃんとメッセージをキャッチしてもらえるように、
 しっかり、わかりやすうに歌わんと あかんがな」

きょうは、
歌詞の発音が不明瞭なせいで 言葉の意味が通じにくい箇所で、そのように指摘されたのでしたが、
発音のことのみならず、
コンサートは、たった一度の出会いだからこそ、その1曲 3分とか4分とかの演奏時間の中で、
いちばん伝えたいことを精一杯の思いで伝える、
その気持ちが大事だということを、あらためて知らされました。

午後は、‘日本リウマチ友の会 大阪支部’のお集まりに、
もんたったの3人組で、ゲスト出演させていただきました。
演奏曲目は
「希望」「四季の歌」「Time To Say Goodbye」「てのひらを太陽に」
「明日という日が」「Amazing Grace」他
約1時間のコンサートでした。

‘一期一会’の思いで、心をこめて歌いました。
音楽を通して、お互いの心が触れ合ったように感じました。


2012.06.19 替え歌づくり
きょうは、台風4号が接近して、お昼過ぎに警報が出たため、
午後の個人レッスンを すべて お休みにしました。

突然 ボーナスのように 自由な時間が4時間もできたので、
うれしくて うれしくて、
ピアノを弾いたり、本を読んだり、替え歌を作ったり。

そうなんです。
私は替え歌の歌詞を考えるのが、結構 好きなんです。

誰もがよく知っている 有名なメロディーに、
みんなで楽しんで歌えそうな歌詞をつけたくて、
字数とリズムがぴたっと合う歌詞をつけたくて、
ああでもない、こうでもない、こんなのはどう? それもいいかも? と
…パズルを解くように、指折り数えて いろんな言葉をあてはめて歌ってみる作業は
とても楽しいです。

とうとうできました。
「文化喫茶『結』さん、6周年おめでとう♪」という歌です。

文化喫茶「結」さん というのは、新檜尾台センターの中にある 素敵な喫茶店です。
来月、開店6周年記念コンサートに もんたったが出演の予定。
そこで歌いたいと思います。

「♪6周年 6周年 6周年 おめでとう!」という歌詞から始まります。

かつて 越路吹雪さんが歌って大ヒットした「ろくでなし」というシャンソンに乗せて。
明るい喫茶店いっぱいに、みんなの大合唱が響いたらいいな、と今から わくわくしています。


2012.06.18 Put your hands up
Nさん(高1)のレッスンバッグから、突然 「Put your hands up」の楽譜が出てきました。
坂本龍一さんの 1999年のマキシシングル『ウラBTTB』の中の1曲です。

思えば、13年前、私はそのCDが大好きでした。
収録曲は3曲。
リゲインのCM曲として使われた「energy flow」、
同名映画の主題歌のpiano version 「鉄道員(ぽっぽや)」、
そして、‘筑紫哲也 NEWS23’のテーマ曲が、この 「Put your hands up」でした。

その楽譜を、私が何年前に、どういうタイミングで彼に渡したのか、
今となっては思い出せないのですが、
とっても、きれいに弾いてくれました。
弱い音を柔らかく弾くのが得意なNさんに、ぴったりの曲でした。

「この曲が作られた背景、知ってる?」と私。
報道番組のテーマ曲だったのよ、と知らせたかったのですが、
彼の返答は、思いがけず、
「たしか 筑紫哲也さんへのレクイエムとして作られたんじゃなかったですか?」

そういえば、坂本龍一さんは、筑紫さんが亡くなられたあとのコンサートで、
心をこめて、この曲を弾いておられました。

もともと、優しく、柔らかな音楽でしたが、
レクイエムとして弾かれたその演奏は、
さらに深く、真実で、あたたかく、魂に触れる音楽となっていました。

「音楽に完成ってないよね。
 もっともっと、弾きたいね。
 もっともっと、思いをこめて弾いたら、
 もっともっと、何か 新しいメッセージのこもった音楽になりそうね」

Nさん、さらに弾きこんで、また来週も聴かせてください。
楽しみです。


きょう、聖歌隊の練習のとき、
讃美歌122番「緑も深き 若葉の里」という曲の指揮をしていて、
ふと、学生時代にお世話になったM先生のことを思い出しました。

作曲ゼミの先生で、おもに作曲法・和声学・対位法を教わったのですが、
特に アナリーゼ(楽曲分析)の講義が楽しくて楽しくて、
クラシック音楽のさまざまな楽曲を、感性でも理性でも愛する、ということの幸せを
M先生から 身をもって知らされたように思います。

音楽を聴いたとき、
「この曲、なんとなく好きなんです、理由はわからないけど」とか、
「この部分、なぜか気持ちがいいんです、うまく説明できないけど」とか、
最初は、たしかに、そんなふうに直感的に感動するところから始まったりもするのだけれども、
どうして好きなんだろう? なぜ気持ちがいいんだろう? と よくよく 理屈っぽく追究してみると、
旋律や和声や構成や強弱や速度や調性や音色や、その他諸々、
作曲者の さまざまな意図やテクニックが、次第に 言葉で説明できる形で見えてきたりします。

そのように楽曲を理論的に分析することをアナリーゼというのですが、
M先生は、バッハでも、シューマンでも、ラヴェルでも、バルトークでも、
とにかく楽しそうにピアノを弾きながら、
同時通訳のように、音楽に被せて解説をしてくださるのでした。

「このメロディーが切ないのは、ここが こうなって こうなってるからだね」
「ここに来てハッとさせられるのは、構成が こうなって こうなってるからだね」
「この和音と この和音を こんなふうに連結させたところが 画期的だね」などなど。

作曲者に問いかける感じ、寄り添う感じ、
少しずつ少しずつ、音楽の作り手の気持ちに近づいていく感じ、
ますます、その曲が身近に感じられ、大好きになっていく感じ、
懐かしいです。

さて、なぜ、讃美歌の練習中に、M先生の記憶がよみがえったのかというと、
「めぐみににおい、愛にかおる」という美しい歌詞とメロディーの部分で、
あの先生ならきっと、音楽のかぐわしさに酔ったように、
目を閉じて、首を左右に振りながら、
花の香りを吸い込むようなしぐさをなさりながら、ピアノを弾かれるだろうな、
と、先生のすてきなクセを思い出したからです。

美しい旋律に出逢うたびに、美しい和音に遭遇するたびに、
先生は、ピアノを弾きながら、そのしぐさをされました。
うれしくてうれしくて仕方がない、というように。

讃美歌は、1節も 2節も 3節も、すべて同じメロディーですが、
そこについている歌詞は、節ごとに、カラーが変化し、
賛美の思い、信仰告白の内容が、次第に進展していきます。
だからこそ、どの節も、あらたな思いで 感動しながら、
心をこめて賛美したいと、また 思わされました。

  1.みどりもふかき 若葉のさと、
   ナザレの村よ、 汝がちまたを
   こころ清らに 行きかいつつ、
   そだちたまいし 人を知るや。

  2.その頭には かむりもなく、
   その衣には かざりもなく、
   ひとの住まいを ととのえつつ、
   主は若き日を 過ぎたまえり。

  3.人の子イエスよ、 君の御名を
   みつかいたちの ほむるときに、
   めぐみににおい 愛にかおる
   み足のあとを 我はたどらん。

                      (日本基督教団出版局『讃美歌』122番)


今夜の食事どきのBGMは、ロドリーゴ作曲「アランフェス協奏曲」でした。
村治香織さん(ギター)と加藤昌則さん(ピアノ)の2重奏の You Tube 動画で。

ギターとオーケストラの協演のほうが、もちろん よく聴きますが、
指揮者もいなくて、たった2人だけで、それぞれの楽器を駆使して
一対一で 魂と魂を重ね合って演奏する、
そのスタイルもまた さらに緊張感があって、
切なさや情熱がぐんぐんと高まっていく感じが増して、素敵でした。

ところで、‘アランフェス’って何のことか、今日まで知りませんでした。
スペインの地名? 楽器の名前?

タルレガ作曲「アルハンブラの思い出」も、美しいギター音楽ですが、
あの‘アルハンブラ’は宮殿の名前でした。

シューベルト作曲「アルペジョーネ・ソナタ」の‘アルペジョーネ’は
楽器の名前でした。
ギターのような、チェロのような。

‘アランフェス’も‘アルハンブラ’も‘アルペジョーネ’も
片仮名で書くと‘ア’から始まる、というだけの共通点ですが、
なんとなく、似ているような気がして、連想してしまいました。

私は こういう 音の似ている言葉の うろ憶えや 勘違いが多いです。

たとえば、ゲレンデとメレンゲ。
スキー場のゲレンデの真っ白な雪は、
まるで、卵白を固く泡立てたメレンゲとそっくりではありませんか?
それで、うっかり逆に言っても、自分で気が付かなかったりします。

あるいは、レプリカとパプリカ。
スーパーの生鮮野菜売り場に、カラフルな 作り物のパプリカが飾ってあったので、
そういう模造品のことをレプリカっていうのよね、
つまり、パプリカのレプリカなのよね、と思ってるうちに
どっちがどっちか分からなくなってしまって、言い間違えたりします。

…と自分の勘違い癖を言い訳しても始まらないので、
今日は、事典で調べてみることにしました。

 *アランフェス(Aranjuez)
  スペインのマドリード州南部の都市。
  スペイン王室の宮殿と庭園が有名で、世界遺産に登録されている。

 *アルハンブラ(Alhambra)宮殿
  スペインのアンダルシア州グラナダ市南東の丘の上に位置する。

‘アランフェス’も、美しい宮殿だったのですね!
ああ、やはり、そのような宮殿が実在したのですね。
 (レプリカじゃなくてよかった)

ますます、この曲が好きになりました。


きょうは、‘日本基督教団 南海地区 婦人会連合 例会’という集会に お招きいただいて、
もんたったの3人で、演奏させていただきました。
会場は、日本基督教団 浜寺教会でした。

南海本線の浜寺公園駅と羽衣駅の中間ぐらいに位置するその教会には、
20年ほど前に、オルガンとハンドベルのコンサートを聴きに行かせていただいたことがあり、
その日の感動もよみがえって、懐かしく感じました。

そして、何よりも、‘浜寺’という地名そのものが、私には懐かしかったです。
高校1年生から約10年間、通い続けた教会は、浜寺公園駅前の浜寺聖書教会だったからです。

この土地で、初めて神様に出会い、信仰の友に出会いました。
この場所で、日曜日ごとに礼拝をし、たくさんの兄弟姉妹が家族のように優しく接してくださいました。
頼りなくて ぼんやりしていて 一人では何もできなかった私を
いつも 神様と 信仰の友が、支え、守り、導いてくださいました。
浜寺、それは若い日の私を育ててくれた、心のふるさとのような場所です。

さて、コンサートのプログラムは、以下の通りでした。

  1. さんぽ
  2. いつくしみ深き
  3. 明日という日が
  4. この街で
  5. ★夏は来ぬ
  6. 虹の彼方に
  7. 森のくまさん
  8. ★キリストにはかえられません
  9. 陽はまた昇る
  10. アメイジング・グレイス

★印の2曲は、皆様とご一緒に歌いました。

長く信仰生活を続けてこられて 神様に全幅の信頼を置いているので 絶対に揺るがない
という感じの 頼もしい御婦人方の 温かい笑顔に支えられて、
楽しく和やかな雰囲気の中で 演奏させていただきました。

「虹の彼方に」はピアニカ独奏でした。
虹は希望のシンボル。
‘Look to the rainbow ’( このブログのタイトル ) の気持ちで、吹きました。
神様の約束に感謝して。


きょうはトリスさんのギター弾き語りライブ「第22回 我が青春の弾き語り」でした。
私も少しゲスト演奏させていただきました。

若い頃の思い出と共によみがえる 懐かしい歌、全11曲のプログラム。
 1. 恋 (布施明)
 2. 有楽町で逢いましょう (フランク永井)
 3. 浜辺の歌
 4. 越冬つばめ (森昌子)
 5. 雨 (三善英史)
 6. A列車で行こう
 7. On The Sunny Side Of The Street
 8. You Are My Sunshine
 9. Your Cheating Heart
 10. North Wind
 11. Speedy Gonzales


1番から5番は、トリスさんのソロ。
6番は、私のピアノソロで、
7番から11番までは、2人の演奏でした。

いちばん最後の Speedy Gonzales のことは、
以前にもブログに書きましたが(2012.04.26.)
とっても楽しい音楽です。

トリスさんは 縞のポンチョを被って、‘メキシコ訛りの早口 ネズミさん’ 。
私は 麦わら帽子と おさげ髪で、‘威勢のいい メキシカン・ガール’。
この扮装、ウケました。

ノリノリで2回演奏しました。
2回目は、お客様もその場で立っていただいて、
音楽に合わせて 自由にツイストを楽しんでいただきました。

青春を取り戻しているかのように キラキラした瞳で
リズミカルに体をねじっておられるおじさんおばさんの姿が あっちこっちに見えて、
楽しくなりました。



倉本裕基さんの「霧のレイク・ルイーズ」(Lake Louise)というピアノ作品について、
以前にもブログに書きましたが(2012.05.04.)
その曲をギターで演奏している動画を YouTube で偶然に見つけ、すっかり夢中になって、
何度も繰り返し聴いています。

演奏しているのは Jeremy Choi さんという韓国のギタリスト兼作曲家で、
一音一音、それはそれは 心に沁みる爪弾きをしておられました。

ソロ演奏なのに、二重奏かと思うほど、音に豊かな広がりがあって、
主旋律も、対旋律も、分散和音も、ベースも、
それぞれが美しい流れを作りながら響きあっています。

Choi さん自身の投稿で、32の演奏動画が視聴できるようになっていました。
バッハの作品も、パッヘルベルのカノンも、韓国ドラマの音楽も、カバティーナも、讃美歌もありました。
幅広いジャンルの音楽、
そのいずれも 編曲と演奏が光っていました。

また好きなアーティストが増えました。


2012.06.12 ライブで練習
きょうも、火曜日恒例‘わいわい喫茶’でした。
お客様方の わいわい ぺちゃくちゃ うふふふ あははは の楽しい談笑のお邪魔にならぬよう、
ソフトな音量で、さりげなくBGM演奏をさせていただきたいと心がけています。

喫茶店の営業時間は、朝9時半から11時までです。
開店直後は お客様もまばらなので、
電子ピアノのボリュームつまみを 結構弱めにあわせていても 音が部屋中によく響いて、
そこに 厨房担当のおじさんたちが 鼻唄や口笛を重ねてくださることもあります。
(おもに懐メロです)

最初の10分20分が過ぎたあたりから、次第に どんどん お客様が増えてきて、
大半のお客様は、閉店時間まで、ずっとおられます。
10人、20人、30人、…。
常連さんが 続々と お見えです。
新しいお顔も見えます。
ちょっとしたサロンです。
あっちのテーブルでも、こっちのテーブルでも、パーッと花火が上がったような笑い声が聞こえます。

こうなってくると、
電子ピアノのボリュームつまみを 最高レベルにあわせようが、
運動会のBGMばりの賑やかソング(「天国と地獄」とか「クシコスの郵便馬車」とか)
を がんがん メドレーで弾こうが、
なんの邪魔にもなりません。
部屋中に響き渡る おしゃべりの声のほうが 断然大きいからです。

☆わいわい☆がやがや☆ ♪ポロロン… ☆わいわい☆がやがや☆ ♪ポロロン…
私の演奏なんか誰も聴いてくれていないみたいです。

さて、そういう時って、ピアノ演奏者は さぞかし空しい気分になるだろう と お思いでしょうか?
いえいえ、なんのなんの、ちっとも空しくなんか感じていませんよ。
この わいわいガヤガヤの喧騒(おっと 失礼!)の中で弾くのが、これまた楽しいのです。

シーン と静まり返ったコンサートホールで 聴衆の期待を一身に浴びながら演奏するのは
非常に緊張しますが、
その真逆の環境の中で音楽をするのは、んもう、怖いもの無し というか、なんでもありの世界です。

私は、いつも、この時間帯にこそ、思いっきり、練習させてもらっています。
実験も、させてもらっています。
弾きたい曲を 遠慮なく 大音量で ノリノリで 片っ端から弾いて、
即興演奏のアレンジをあれこれ試して、
ジャズのアドリブも入れまくって、
こういうリズムはどう? どの key に転調したら新鮮かな? 意外なコード進行による新しい展開は?
などなど、いくらでもやってみたいことが出てきて、
家で一人で弾く時よりも、なぜか、エキサイティングです。

きょうは、最近凝っている「ピアピア・スタイル」
(一人でピアニカとピアノの2重奏です。
 電子ピアノの右端に、ホース状のマウスピースを付けたピアニカをセットして、
 左手でピアノ、右手と口でピアニカ)
で、ブラームスの「ハンガリー舞曲 第5番」の試みが、特に 楽しく感じました。

ジプシー音楽独特のテンポや強弱の激しい変化や交替、
細やかなリズムや奔放なデコレーション、
…といったものが、この曲には満載ですが、
これぞ、ピアピアの出番!という気がしました。

リード楽器のピアニカなら、
アコーディオンの奏法にも似た 情熱的なダイナミクスができそうな気がします。
また、メロディーにあわせて伴奏をするのも自分なので、
ソリストと伴奏者との合わせ練習が不要。目くばせも 寄り添う努力も 不要。
自分一人で、おもいっきり遅くしたり速くしたり、テンポ変化が やりたい放題です。

…というわけで、一人 悦に入って、ブラームスの世界に浸っていました。
そうこうするうちに、閉店時間になり、お別れソングを弾く時となりました。
ふわふわと「ラストダンスは私に」などを弾いていたら、
「ハンガリー舞曲、よかったわぁ」と お声をかけてくださった方が。

いえいえ、そんなぁ、すみません、聴いてくださってたんですか?
まだまだ練習中の身で、いい加減なことばかり 弾いていましたのに…。
ありがとうございます。 これからもがんばります。 たのしく音楽を。


毎月第2月曜日は、シニア中心の 歌声教室‘スマイルゲイト’です。
場所は赤坂台地域会館の2階です。

以前は、斉唱のみでしたが、
最近、混声2部合唱にも チャレンジするようになりました。
女声パートはタニさんが応援団長、
男声パートはモンリーさんが応援団長、
私はピアノで 紅組がんばれ 白組がんばれ みたいな伴奏をして、
このもんたったスタイルのレッスンで、きょう、なんとか 2曲 仕上がりました。
「風」と「おぼろ月夜」。

早速、1階 集会室で作業中の‘雑巾さんの会’
(施設や病院に寄付するための雑巾を縫っておられるボランティア・サークルです)
を、メンバー全員で、ぞろぞろ 訪問しました。
「突然ですが、聴いてくださいませんか?」
「うわあ、うれしい!
 いつも 上のほうから ふわ~っと 聞こえてきてたんよ。
 聴かせて聴かせて!」

  ♪ 人は誰もただ一人 旅に出て~
  ♪ 菜の花畑に 入り日うすれ~

パチパチパチの拍手。

「よかったわ~!」
「いえいえ、まだまだですわ~。お耳よごしで、すいませんでした」
「いえいえ いえいえ、ほんまによかったよ!」
「ほんま? ほんなら、また来さしてもらおかしら?」
「来て来て、ほんまに またいつでも来てね」
「ほな、また来ますわ♪」

今まで上階と下階で交流が無かったけれど、あっという間に 和気藹々。
懐かしい歌を通して、あたたかい気持ちが部屋中に広がりました。

そのあと、また2階に上がって、
新曲を練習しました。
一同、さらに気合が入りました。
歌は、イスラエル民謡「友よ、また会う日まで」です。

  ♪ 友よ また会うまで
   シャローム シャローム
   恵みの主 守りたもう
   シャローム シャローム

友よ、また お伺いさせてくださいね。
シャローム!   

     (シャローム … あなたに神様のお守りがありますように、という意味の挨拶の言葉)


きょうは、男声合唱団ストレイパパーズの20周年記念コンサートでした。
栂文化会館で。

私は1997年から2010年まで、その合唱団で、伴奏と編曲の仕事をさせていただいていました。
心優しい‘迷えるおとうさんたち’(Stray Papas)と共に過ごした13年間は
楽しい日々でした。

今回は ゲストとして お招きいただき、
「ふれあいの里で握手☆ ~風になった友へ」と「My Way」の2曲に参加しました。

‘ふれあいの里’というのは、練習会場として使わせていただいている施設の名前です。
団の20年の歴史の中で、メンバーの中の7人の方々が天に召されました。
Dさん、Eさん、Fさん、Gさん、Hさん、Ⅰさん、Jさんのことを思い出しながら、演奏しました。

  ♪ いつも思い出しています
   ふれあいの里で コーラスしながら 心がふれあった…
   そして あなたと私 握手しましたね

ふと気が付くと、
30人の現役の団員さんたち お一人お一人とも
ステージの上で、しっかり心がふれあっていました。
共に、思いを一つにして演奏しながら。

  ♪ なんだか 心が ほのぼの
   なんだか てのひら あたたかい
   もしかして 今 握手してくれました?
 
7年前に作った歌詞と旋律ですが、
きょうの私の気持ちにぴったりでした。
2年ぶりの共演。
変わらぬ友情。
懐かしかったです。
うれしかったです。


きょうは、赤坂台福祉協議会主催の‘ボランティア親睦会’がありました。
さまざまなボランティア活動の奉仕者が集まって、総勢53名。
昼食を共にしながら、
10種類のサークルのそれぞれの活動の内容を、実演を交えて、楽しく紹介しあいました。

「ボランティアは 楽しいね」
「気の合う仲間と いっしょだもんね」
「自分の好きなこと、得意なことが、少しでも 何かのお役に立てればね」
「みんなそれぞれ持ち味が違うから、いいんだよね」
どのサークルの どの人も みんなニコニコ顔でした。

最後に「リパブリック讃歌」の替え歌を 全員で歌いました。
( ♪権兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた~ と同じメロディーです )


  「ほのぼの会」は 楽しいね
  「カナリア会」も 楽しいね
  「雑巾さんの会」も 楽しいね
  「ぶらぶら散歩の会」も 楽しいね
  「お元気です会」も 楽しいね
  「おもしろクラシック講座」も 楽しいね
  「らっこクラブ」も 「竹とんぼ」も
  「手作りの会」も 「花くらぶ」も 楽しいね

   楽しい 楽しい ボランティア
   あなたも 私も きみ ぼくも
   みんなで 手と手を とりあえば
   笑顔があふれる 赤坂台


Cさん(小1)は、今、フランス民謡の「かわいいミュゼット」を練習しています。
Allegretto、ニ短調、6/8拍子。
マイナーでも 悲しい感じはしなくて、楽しくフォークダンスを踊っているような雰囲気の曲です。

先週は、ドイツ民謡の「かわいいオーガスティン」を弾いていました。
その前は、ボヘミア民謡の「アンダルコの歌」を弾いていました。
レッスン中、
「ドイツという国に、オーガスティンちゃんという名前の、かわいい女の子がいたんでしょうね」とか、
「ボヘミアには、アンダルコちゃんという名前の、かわいい女の子がいたんでしょうね」とか、
語り合いながら 曲のイメージを膨らませて、
Cさんは 楽譜の余白に お得意のイラストを描いたりしていました。かわいい女の子の。

でも、今回は違います。
「フランスに、ミュゼットちゃんという名前の、かわいい女の子がいたわけではないのよね。
 ミュゼットというのは、音楽のスタイルの名前で、
 6/8拍子で、ウンタッタ ウンタッタ とか タララ タララ のリズムが似合いそうな 舞曲なの」
と、説明しました。

レッスン後、さらにミュゼットについて調べてみると、
その言葉には、いろいろな意味があることがわかりました。
①フランスの民族楽器で、ふいご式の風袋のついたバクパイプ。
②フランスの民族楽器で、キーなしのオーボエ。
③それらの楽器のために作曲された旋律や舞曲。
④アコーディオンの高音域のリードの名前。

バグパイプも、オーボエも、アコーディオンも、リードで音を鳴らす楽器です。
ハーモニカも、ピアニカも。
( リードというのは、アシ・竹・金属などでできた薄片のことです。
  空気を吹きつけることによって振動させて音を出します )

つまり、ミュゼットって、リードにまつわる 楽器や音楽のことだったんですね。
シャンソンの香りもして。
「パリの空の下」のような。

来週、Cさんにも知らせなくっちゃ。
楽譜の隅っこに、かわいいピアニカのイラスト、描いてもらわなくっちゃ。


Bさん(小2)のレッスンで、バスティン・ピアノ教本の新曲は「かたつむりの夢」でした。
すてきなピアノ曲です。

 ♪のろまのぼくでも 夢の中
  リレーの選手になれるんだ
  さあさあ 走れよ走れ
  さあさあ まっしぐら
  フーフー、 ゴールは近い
  フーフー、 一等賞!

Andante(のんびりと歩くような速度)で演奏する曲ですが、
その遅さで、4/4拍子で、4小節もの長いフレーズを途切れずに ゆるゆると弾くのは、
粘り強く 持久走をしているような味があり、
遅い曲独特の難しさ、面白さが体験できる曲だと思います。

‘まっしぐら’という歌詞の部分は、
臨時記号の#が付いているせいで、半音違いの♪ラシラシラの音。
そのギザギザしたメロディーは、ちっともスムーズに進まない感じをユーモラスに表現しています。
その涙ぐましさ、健気さに、声援を送りたくなります。

カタツムリさんが 胸を張って さっそうと走っている ユーモラスなイラストも、ナイスです。

「善きことはカタツムリの速度で動く」(ガンジー)

Bさん、その調子、急がなくていいからね。
あなたらしく、ゆっくり落ち着いて、すてきに弾こうね。
きょうの60分も、楽しかったね。
あなたとゆっくり話せたこと、ゆっくり音楽が味わえたこと、ゆっくり笑い合えたこと、
どれもこれも楽しかったよ。


2012.06.06 笑って許して
水曜日は、女声合唱団‘コールブリージン’。
指揮者の文屋知明先生は、いつも柔らかい大阪弁で、ユーモアまじりにご指導くださり、
団員の皆さんからも、ときどき タイミングよく あいの手が入り、
笑ったり、歌ったり、笑ったり、歌ったり、笑ったり、歌ったりしているうちに、
あっという間に90分が過ぎます。

「アルトさん、そこ ちがうがな。
 楽譜には、そんなリズム、書いてへんで~」
「やあ、ほんまやわ。ずっと まちごてたわ。あははは」

「ソプラノさん、きょうはまた、きれえな声やなあ。びっくりしてしもたわ」
「ほんまかいな。うまいこと言いはるわ。あははは」

「先生、そこの指揮、わかりにくいから、私ら、入りにくいんです。
 もっと、そこ、わかりやすい指揮してくれませんか」
「ああ、ごめんごめん。今、ちょっと変な指揮してしもたなあ。あははは」

「ちゃうちゃう! そこのピアノは、もっとドラマチックに弾いて!
 そんなあっさり弾かんと」
「あ、すんません。
 もっと お好み焼きソースみたいに ドロリッと濃厚に弾かなあかんのですね。あははは」

前奏の途中で、突然 立ち上がる伴奏者(私)。
「うわあ! すいません! えらい間違えました!
 もっかい弾きます。 わははは!」
「わははは!」(一同)

「歌も指揮も伴奏も、
 間違えたときは 笑ったらええんやで。
 なんぼでも 間違えてええんやで。
 何回でも やり直したらええんやで。
 歌も人生も、そういうもんなんや」
そう教えられて、どんなにホッとさせられたことでしょう。

きょうも、みんなで、いろいろ、たくさん間違えましたが、
そのたびに みんなで 何度も何度も 繰り返して練習しているうちに、
昨日まで気づかなかった歌詞の魅力、旋律の魅力、ハーモニーの魅力が
いくつもいくつも、次第に じわじわと 見えてきました。
みんなで いっしょに成長していく感じ。
「そやから合唱は楽しいねん!」


幼い生徒さんは、たいてい 色鉛筆が大好きです。
レッスン中、ちょっとした説明やマークなどを 楽譜に書きこむとき、
様々な色の色鉛筆を使って 色々なことを書くと、色々な色で どんどん 色彩豊かな楽譜になっていって、
(↑ この行、‘色’が多すぎ!)
生徒さんは大喜びです。

レッスン室には 色鉛筆を40本ほど無造作に入れている紙箱(カステラの箱ぐらいのサイズ)があって、
私が何か楽譜に大事なことを書き込みたいときは、
「はい、よろしく!」と言って、まず それを生徒さんに渡します。

生徒さんは、その箱を膝の上に乗せて、
ジャラジャラと おみくじの棒をかき回すみたいな音を立てながら、好きな色を選びます。
その日の気分で、かんたんに1色目を選んでしまう人もいれば、
30秒ぐらいも ジャラジャラかき回して、どの色にしようかと 楽しそうに迷い続ける人もいます。

とりあえず1色目が決まると、生徒さんは、
私が差し出した右手の てのひらの上に、ポンッと その1本を置いてくれます。
私はそれをサッと握って、説明をしながら、楽譜に マークなどを書き込みます。

毎週のことなので、お互いに手慣れた連携プレイです。
「なんだか、手術中の『メス!』みたいね♪」

「この曲のいちばんのポイントは、
 シンコペーションのたびにアクセントをつけて、キリッと演奏することね。
 じゃ、いくつも出てくるアクセント、ぜんぶ、この色でマークしちゃうよ!」
きゅっきゅっきゅっ。

「次は、滑らかに弾きたいところ、ぜんぶ、きれいなスラーをつけましょう。
 はい、2色目、よろしく!」
また、ジャラジャラ、色選び。
2色目が決まると、また ポンッと渡してくれます。

「すらすら~っと弾きたいから、スラーって言うのかもね」
とかなんとか言いながら、メロディーをくちずさみつつ、きれいなスラーをかきます。

「あらら、ここから、新しい雰囲気のメロディーだわ。
 スラーの色を変えましょう。 3色目、よろしく!」

ジャラジャラ。(色鉛筆を選ぶ音)
ポンッ。(手渡す音)
すらすら~。(マークする音)

「この曲、次々と いろんなタイプのメロディーが出てくるから、5色ぐらい使うかもよ」

ジャラジャラ、ポンッ、すらすら~、ジャラジャラ、ポンッ、すらすら~、ジャラジャラ、ポンッ、すらすら~。
どんどん 楽譜がカラフルになっていき、
やがて、とっても見やすい楽譜が出来上がります。

白い紙に 五線と音符が黒インクで印刷されていただけの、あの白々しい最初の楽譜がウソのように、
その人だけの 親近感のある 楽しい楽譜になりました。

「フレージング(phrasing)、ばっちり できました。
 もう、楽譜の棒読みは しないよね」
大好きな童話を朗読するみたいに、抑揚の効いた すてきな演奏ができそう♪
そんな予感がします。


毎月第1月曜日は カナリア会(赤坂台校区いきいきサロンの 歌の会)です。
きょうは、8月の‘赤坂台ふるさと祭り’の演芸ステージの出演に備えて、
メドレーの練習をしました。

毎年、さまざまなテーマに基づいて、楽しい歌のメドレー演奏をしてきましたが、
今年のテーマは、‘ふるさと’です。

1. カントリーロード
2. 故郷の人々
3. 故郷の空
4. 故郷を離るる歌
5. ふるさと (♪祭りも近いと…  五木ひろしさんの1973年のヒット曲)
6. カントリーロード
7. ふるさと (♪うさぎ追いし…)

1.から6.までをメドレーでつないで歌い、
7.は、単独で歌います。

メドレーは「カントリーロード」から始まって「カントリーロード」で終わるわけですが、
ジョン・デンバーのカッコイイ英語は、なかなかマネができないので、
ちょこっと、歌いやすそうな日本語歌詞をつけてみました。
(※印のおりかえし部分は、スタジオジブリ映画「耳をすませば」の挿入歌の歌詞の通りです)


 晴れの日も 雨の日も
 うれしい時も かなしい時も
 いつだって忘れない
 ふるさとは宝物

 ※カントリーロード
  この道 ずっとゆけば
  あの町に続いてる気がする
  カントリーロード

 カントリーロード
 この道 ずっとゆこう
 懐かしいふるさとに帰ろう
 カントリーロード


大阪生まれの大阪育ちで、遠く離れて故郷を想う経験のない私ですが、
心のふるさとは 神様のふところ、天国です。
ふるさと目ざして、この道、ずっと歩いていきたいです。


子どもの頃、母から教えられました。
「神様は、どんなときでも、どんな場所でも、私たちのことを見てくれているよ。
 誰も見ていない所で、そっと良いことをしても、
 神様はちゃんと見てくれているよ」と。

それで、
「神様って、透明人間のように、目には見えないけれど、
 いつも、私と同じ部屋のどこかにいてくれるんだな。
 神様は、ぜったいに、どんな時も、私を見守ってくれているのだな」
と思っていました。

その後、高校1年生から友人に誘われて教会に通うようになり、
ノンクリスチャンの母から教えられていた神様のイメージが、
もっと明確に、聖書を通して、次第に示されていきました。

目に見えないけれど そこにおられる神様 というのは、
透明人間というよりも、私たちの心の中に住んでくださっている、ということなのかな、
と思うようになりました。

人間の知識や経験や感覚では、神様を実感することはできないけれど、
日々、聖書の言葉から、また祈りの中で、
神様が私に必要な さまざまなことを教えてくださるので、
「神様、いつも一緒にいてくださってありがとうございます」
と感謝するのみです。

きょうの礼拝での聖歌隊賛美は、「みくにをも宝座(みくら)をも」という曲でした。
神様、きょうも私の心の中に住んでください。
そんな思いで、感謝のうちに賛美しました。


1. みくにをも宝座をも あとにすてまして、
  くだりにしイエス君を うくる家あらず。
  (おりかえし) 住みたまえ、きみよ、 ここに、この胸に。

2. みつかいは声たかく み名をほむれども、
  かみの子はうまぶねに うまれたまいけり。
  (おりかえし)

3. きつねにも穴はあり、 鳥に巣はあれど、
  ひとの子は地のうえに ねむりたまいけり。
  (おりかえし)

4. つながれしつみびとを はなちます君を、
  カルバリにくるしめし 人のつれなさよ。
  (おりかえし)

               (日本基督教団出版局『讃美歌』124番)


きょうは、すっかり休日でした。
レッスンもなく、約束もなく。

ぶらりと小学校の運動会に出かけました。
赤い帽子・白い帽子の小学生たちが 懸命に演技をしている姿を見て、
すがすがしい気持ちになりました。

広いグラウンドいっぱいに お馴染みの運動会BGMが こだましているのも、
心地よいことでした。
アップテンポの曲、威勢のいい曲、お洒落な曲、ノリのいい曲、
どれもこれも、気持ちをウキウキさせてくれました。

「天国と地獄」 (オッフェンバック)
「雷鳴と稲妻」 (シュトラウス)
「マンボ№5」 (プラード)
「Rising」 (津軽三味線の吉田兄弟)
「学園天国」 (フィンガー・ファイブ)
「クシコスの郵便馬車」 (ネッケ)
「銀河と迷路」 (東京スカパラダイスオーケストラ)
「トランペット吹きの休日」 (ルロイ・アンダーソン) 他

職業病でしょうか、楽しい音楽を耳にすると、すぐ ピアニカ・アレンジのことを考えてしまいます。
軽快なメロディーをパラパラパラッと ピアニカで吹いて、伴奏はシンセで打ち込みましょう、
何のkeyがいいかな? リズムは? 音色はどんなのが合うかしら?
…というふうに、ぐんぐん夢が膨らんで、一人でニコニコしてました。

中でも、「トランペット吹きの休日」は、今すぐアレンジしたい気持ちになり、
帰宅後すぐに音源チェック。

♪ソ~ド~ミ~ソ~ ファファファファファッファ ファミレド…
16分音符の細かいファファファファの部分は、もちろんダブルタンギング。

3本のトランペットがタイミングをずらしてハーモニーを重ねていく部分も、
ピアニカなら、1本で重音が出せるから なんとかなりそう。

ブラス系の音色で、軽快なバッキングを作りたくなりました。

トランペット吹きは、休日でも、うれしくてうれしくて、楽しくて楽しくて、
楽器が大好きで、
こんなふうにパラパラと、まるで口笛を吹くように楽器を吹くんだろうな。

私も、休日こそ、ますます楽器が触りたくなります。


Aさん(高2)が半年ぶりにレッスンに来られました。

勉学と部活に明け暮れる日々だった彼女から、
「またレッスンに行っていいですか?」とのメールが届いたのは、2日前のこと。

「吹奏楽部でユーフォニウム、バリバリ吹いているけれど、
やっぱりピアノも大好き。
友だちとバンド組んで、エレキギターも弾いてます」

寝ても覚めても音楽してる、幸せいっぱいのAさんに再会し、
「音楽って、ほんとに楽しいよね!」と、きょう、また共感しあえました。

Aさんが持ってきた楽譜は、
モーツァルト作曲「2台のピアノのためのソナタ ニ長調」(k.448)でした。
「のだめカンタービレ」で のだめちゃんと千秋先輩が2重奏していた、あの曲です。

早速、合わせてみました。
「じゃ、行きましょう! (フン!) 」 の合図で、
いきなり 4本の手が同時に、 パリッと華やかな強奏でスタート。

(フン!) というのは、
指揮者がよくやる 出だしを示す鼻息による合図です。
鼻で短く息を吸う音。
「さんはい!」という掛け声よりもカッコよくて。

「この鼻息の合図、千秋先輩もやってたよね、テレビで」と私。
「やってました、やってました! クラブの指揮者も よくやってます」とAさん。
「それにしても、ほんとに爽やかな気持ちのいい曲よね」
「キラキラしてますね」
とかなんとか、音楽が始まってしまえば、楽しい感想を語り合いながら弾きたい私たちなんだけど、
さすがにモーツァルト作品は難しくて、
お互いに、何か言いかけてやめたり、ミスタッチを謝ったりしながら、
どんどんテンポダウン。

「ごめんごめん! 始めから とばしすぎちゃったね。
つい、CDとかで聴き慣れてる あの豪快な出だしを真似しちゃった。
最終的には Allegro con spirito (快速に、元気よく) で弾きたいけれど、
きょうはお互いに初見だから、Moderatoぐらいで落ち着いていきましょう」

ああ、それにしても、2重奏はなんと楽しいのでしょう。
間違えても、止まっても、テンポが遅くても、意外な不協和音が聞こえても、
とにかく楽しい。

2人で同じ楽譜を目で追いながら、
イメージをふくらませながら、
同じ憧れを募らせながら、
終始 笑いながら弾いていました。

次回は、さらにモーツァルトに近づきましょうね。
楽しみが増えました。